公務負担軽減を入口に、退位制度設計と立法府対応への接続を作った
2016-17退位有識者会議は、公務負担軽減を入口に、今上天皇の退位を実現する場合の制度設計を整理し、その論点整理と最終報告を通じて、後の立法府対応と附帯決議につながる前提を作った会議である。
この会議の正式名称は、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」である。
名称が示すように、会議の入口は、皇位継承制度一般ではなく、今上天皇の高齢化に伴う公務負担軽減であった。
しかし、会議は、単に公務を減らす方法だけを検討したわけではなかった。
現行制度の運用による負担軽減、臨時代行、摂政、退位、退位を将来のすべての天皇に認めるか今上天皇に限るか、退位後の天皇の地位や称号、皇嗣の位置づけなどを検討した。
その結果、会議は、退位を実現する場合の制度設計を整理した。
同時に、この会議の議論は、退位をめぐる法制度の問題にとどまらず、象徴天皇とは何か、天皇の地位と活動をどう関係づけるかという、後の皇室制度論にも関わる基盤的な論点を浮かび上がらせた。
会議は、何を目的に設置されたのか
会議は、天皇の公務の負担軽減等について、専門的知見を踏まえて検討するために設置された。
2016年9月23日、内閣総理大臣決裁により、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が開催されることになった。
開催の趣旨は、天皇の公務の負担軽減等について、様々な専門的な知見を有する人々の意見を踏まえた検討を行うことにあった。
第1回会議では、内閣総理大臣が、今上天皇が82歳と高齢であることも踏まえ、公務の負担軽減等を図るため、どのようなことができるのか、専門的な知見を有する人々の意見を聴きながら、静かに議論を進めたいと述べた。
この段階では、会議の目的は「退位を制度化すること」とは明示されていない。
あくまで出発点は、公務の負担軽減等の検討であった。
しかし、2016年8月8日の明仁天皇のメッセージを受けて、現実には、退位を認めるのか、認めるならどのような制度で認めるのかが、会議の中心的な検討課題になっていった。
議論は、どのように進められたのか
会議は、専門家ヒアリング、論点整理、立法府対応との接続、最終報告という順に進んだ。
会議は、2016年10月から2017年4月まで、全14回開かれた。
第1回では会議の趣旨と進め方が確認された。
第2回では、有識者ヒアリングの実施について議論された。
第3回から第5回にかけて、皇室制度、歴史、憲法などの専門家へのヒアリングが行われた。
その後、会議は、ヒアリングで出された意見や、国会答弁、海外制度、歴史上の事例などを材料に、論点を整理していった。
2017年1月23日の第9回会議では、「今後の検討に向けた論点の整理」がまとめられた。
その後、この論点整理は、立法府対応へ渡される。
衆参正副議長による「議論のとりまとめ」が2017年3月17日に政府へ示されると、その内容は3月22日の第10回会議で有識者会議側にも伝えられた。
こうして、有識者会議の論点整理が立法府対応へ渡され、立法府のとりまとめが再び有識者会議側へ戻るという往復があった。
会議はその後、退位後の天皇の地位、称号、敬称、資格、組織、費用、活動、皇嗣の位置づけなどを検討し、2017年4月21日に最終報告を取りまとめた。
論点整理は、何を整理したのか
論点整理は、現行制度下での負担軽減、摂政、退位、退位を将来のすべての天皇に認めるか今上天皇に限るかを整理した。
2017年1月23日の「今後の検討に向けた論点の整理」は、会議の中間的な整理である。
目次上も、論点整理は、現行制度下での負担軽減と、制度改正による負担軽減を分けている。
現行制度下での負担軽減としては、国事行為・公的行為の運用による負担軽減、臨時代行制度を活用した負担軽減が整理された。
制度改正による負担軽減としては、摂政の設置要件拡大と、退位による新天皇の即位が整理された。
さらに退位については、退位そのものをどう考えるかに加え、将来のすべての天皇を対象とするか、今上天皇に限ったものとするかが論点とされた。
この論点整理は、有識者会議の中間整理であると同時に、立法府対応へ渡された政府側の材料でもあった。
その意味で、論点整理は、有識者会議と2017退位立法府対応をつなぐ文書である。
退位をめぐって、どのような天皇観の違いが現れたのか
退位をめぐる議論では、天皇の役割を、国民の前で活動する象徴的行為に重く見る考えと、祭祀・祈り・存在に重く見る考えの違いも現れた。
有識者ヒアリングでは、退位を認めるかどうかだけでなく、そもそも天皇の役割をどう考えるかが問われた。
一方には、明仁天皇が、国民の声に耳を傾け、国民に寄り添うことを象徴としての務めとして実践してきたことを重く見る考え方があった。
この考え方では、高齢によりそのような活動を続けることが難しくなるなら、退位を可能にする制度設計が必要になる。
他方には、天皇の本質的な役割を、祭祀、祈り、存在そのものに置く考え方があった。
この考え方では、国民の前で広く活動することは、天皇の本質そのものではなく、負担軽減は摂政、臨時代行、公務の見直しなどで対応できるとされる。
この違いは、退位制度だけの問題ではない。
今後の皇室制度を考えるときにも、象徴天皇の地位と活動をどう関係づけるか、天皇の「公務」をどこまで重く見るか、皇室制度の安定性を何によって支えるかという基盤的な論点になる。
したがって、2016-17退位有識者会議は、退位の可否をめぐる会議であると同時に、象徴天皇観の違いを見える形にした会議でもあった。
最終報告は、何を結論としたのか
最終報告は、退位が実現した場合の退位後の天皇の地位、称号、敬称、資格、組織、費用、活動、皇嗣の位置づけを整理した。
2017年4月21日、有識者会議は最終報告を取りまとめた。
最終報告は、会議が、2017年1月の論点整理を経て、今上天皇の退位が実現した場合における立場や称号等についての議論を最終的に取りまとめたものだと説明している。
目次を見ると、最終報告の中心は、退位後の天皇及びその后の称号・敬称・資格、退位後の組織、費用、活動、そして皇子ではない皇位継承順位第一位の皇族の称号等である。
つまり、最終報告は、退位を認めるべきかどうかの抽象論を主に述べた文書ではない。
むしろ、退位が実現した場合に必要となる制度設計を具体的に整理した文書である。
この整理は、退位特例法の内容、上皇・上皇后、皇嗣、皇嗣職、皇室経済法上の扱いなどへつながっていく。
その後の立法府対応と、どう関係しているか
有識者会議は附帯決議を直接作ったわけではないが、立法府対応と並行し、相互に接続する関係にあった。
有識者会議の最終報告は、女性宮家や安定的皇位継承について結論を出した文書ではない。
会議の中心は、あくまで、今上天皇の公務負担軽減等を入口とする退位制度設計であった。
ただ、退位をめぐる政府の有識者会議と立法府の対応は、同時進行していた時期がある。有識者会議が2017年1月にまとめた「今後の検討に向けた論点の整理」は立法府対応に持ち込まれ、立法府による3月の「議論のとりまとめ」は有識者会議でも報告された。
その後、立法府対応は、安定的な皇位継承を課題とする附帯決議へ進み、現在の議論へとつながっている。その意味で、この有識者会議の議論は、一連の皇室制度議論の中の経過点であった。
まとめるとどうなるか
2016-17退位有識者会議は、天皇の公務負担軽減等について、専門的知見を踏まえて検討するために設置された会議である。
その入口は、退位そのものではなく、公務負担軽減であった。
しかし、議論は、運用による負担軽減、臨時代行、摂政、退位へと進み、退位を実現する場合の制度設計へ向かった。
その過程で、退位をめぐる法形式だけでなく、象徴天皇の活動と地位をどう考えるかという天皇観の違いも明らかになった。
最終報告は、退位が実現した場合の退位後の天皇の地位、称号、敬称、資格、組織、費用、活動、皇嗣の位置づけを整理した。
また、会議の論点整理は立法府対応へ渡され、立法府の「議論のとりまとめ」を経て、退位特例法へつながった。
2016-17退位有識者会議は、公務負担軽減を入口に退位制度設計を整理し、その後の立法府対応と現在の皇位継承・皇族数確保論議を考えるうえで、重要な経過点となった会議であった。