退位は特例法で実現し、皇位継承課題は附帯決議へ送られた
2017年の退位立法府対応は、政府有識者会議の論点整理を受けて本格化し、両院正副議長の下で各党派の意見を聴取し、退位を可能にする法形式を「皇室典範附則+特例法」へ収れんさせる一方、安定的皇位継承や女性宮家等の課題を附帯決議へ送り込んだ過程である。
ここでいう「2017退位立法府対応」とは、天皇の退位等について、衆参両院の正副議長が中心となり、各党・各会派の意見を聴取し、「立法府の総意」を形成していった一連の対応をいう。
この過程では、二つの課題が同時に扱われた。
一つは、今上天皇の退位をどのような法形式で実現するかである。
もう一つは、退位を認めた後に残る、安定的皇位継承、女性宮家、女性・女系天皇、旧宮家などの皇室制度上の課題をどう扱うかである。
最終的に、退位の実現については、皇室典範附則に特例法との関係を置き、その特例法で今上天皇の退位を可能にする方向へまとまった。
一方、安定的皇位継承や女性宮家等の課題は、退位を実現するための法案とは別の課題として整理され、退位特例法案への附帯決議で今後の検討課題とされることになる。
立法府対応は、何を目的に始まったのか
立法府対応は、天皇の地位が国民の総意に基づくものであることを踏まえ、国民代表機関である国会が、国民の総意を見付け出すために始まった。
この立法府対応の出発点には、2016年8月8日に公表された明仁天皇のメッセージがあった。
明仁天皇は、象徴としての務めを果たし続けることと、高齢による公務遂行の困難との関係について、自らの考えを国民に向けて述べた。
このメッセージを受けて、皇室の在り方をめぐる議論は国民各層に広がった。
その状況のもとで、立法府には、退位をどのように制度化するかについて、国会側の総意を形成することが求められた。
2017年1月19日、天皇の退位等についての立法府の対応に関する全体会議が開かれた。
この会議で、衆議院議長は、天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基く」とする憲法の規定を踏まえ、国民の総意を見付け出すことは、国民代表機関である立法府の重大な責務であると述べた。
そのうえで、衆参両院の議長・副議長が中心となり、各党・各会派から意見を聴取し、総意形成に向けて協議する進め方が示された。
この時点で、立法府対応は、通常の法案審議とは別に、両院正副議長の下で、各党派の意見を聴いて総意を探る過程として設計された。
また、政府有識者会議の論点整理については、政府から説明があれば、それを内閣の意見として検討に含めることも確認された。
政府有識者会議の論点整理は、どう持ち込まれたのか
政府有識者会議の論点整理は、立法府の議論の参考として、内閣総理大臣から衆参正副議長へ提示され、全体会議で説明された。
2017年1月23日、政府有識者会議は「今後の検討に向けた論点の整理」を取りまとめた。
この論点整理は、正式には「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が取りまとめた「今後の検討に向けた論点の整理」である。
内容は、現行制度下での負担軽減、摂政の設置要件拡大、退位による新天皇の即位、退位を将来の全ての天皇を対象とするか今上天皇に限るか、といった論点を整理するものであった。
翌1月24日、内閣総理大臣から衆参両院の正副議長に対し、この論点整理を立法府における議論の参考として説明する場を設けたいとの趣旨が伝えられた。
1月25日に全体会議が開かれ、内閣官房長官と内閣総務官から、政府有識者会議の論点整理について説明が行われた。
立法府対応は、政府有識者会議の論点整理を受けつつ、それを一つの材料としながら、各党派の意見を聴取し、立法府としての落としどころを探った。
3月17日に衆参正副議長による「議論のとりまとめ」が政府へ提示され、3月22日には、その内容が政府有識者会議にも伝えられた。
このように、政府有識者会議の論点整理が立法府対応へ渡され、立法府のとりまとめは再び政府有識者会議側へ戻されるという往復があった。
各党派は、退位の法形式をどう考えたのか
各党派の大きな争点は、退位を、皇室典範本則の改正で認めるのか、今上天皇一代限りの特例法で認めるのか、あるいは皇室典範と特例法を組み合わせるのかであった。
2017年2月の各党派意見の段階では、退位を認めること自体には大きな方向性が見えつつあった。
しかし、その法形式については考え方が分かれていた。
民進党は、退位の制度化は恒久的な皇室典範改正によるべきであり、今上天皇一代限りの特例法による対応は、安定的な皇位継承という本質から外れると整理していた。
社民党も、将来の全ての天皇を対象とする一般的な恒久制度として考えるべきであり、皇室典範の改正によるべきだとした。
一方、自民党は、将来の全ての天皇を対象とする場合には、将来の予見可能性や要件設定が困難であり、今上天皇一代限りとする場合にも、安定的皇位継承をどう確保するかという課題が残ると整理した。そのうえで、現時点では、今上天皇一代に限った対応とすることが望ましいとした。
公明党も、将来の全ての天皇を対象とする退位制度については、要件を一般的に規定することが困難であるとし、今上天皇一代限りの特例法が適切だとした。ただし、その特例法は重要な先例となるため、今上天皇の退位を認める事情等を法文上明らかにする必要があるとした。
日本維新の会は、皇室典範に根拠を設けたうえで、一代限りの譲位を可能とする特例法を制定すべきだとした。
無所属クラブは、皇室典範を改正して恒久的な退位制度を定めるべきだとしつつ、仮に一代限りの特別措置による場合には、皇室典範の附則に根拠規定を置いたうえで特別措置法を制定すべきだとした。
日本のこころは、終身制を維持しつつ、例外的に譲位を実現することもあり得るとして、皇室典範の附則に例外的な譲位を認める根拠規定を置き、それに基づいて特別措置法を制定する案を示した。
この結果、最終的には、皇室典範の附則に特例法との関係を示す規定を置き、具体的な退位の措置は特例法で定める、という形に収れんしていった。
各党派は、安定的皇位継承をどう扱おうとしたのか
各党派の意見には、退位の法形式だけでなく、安定的皇位継承、女性宮家、女性・女系天皇、旧宮家、国会での継続議論といった課題が含まれていた。
民進党は、2月の時点で、2005年の小泉内閣の有識者会議報告書や、2012年の野田内閣における皇室制度に関する有識者ヒアリングを踏まえた論点整理等を尊重し、議論を進めることを掲げていた。
また、女性宮家の創設、女性・女系天皇、皇位継承資格者の拡大についても議論を促進すべきだとしていた。
社民党も、退位を認めること、皇室典範を改正すること、開かれた国会合意で実現することを掲げ、皇位継承問題については、女性・女系天皇、女性宮家などを引き続き議論すべきだとした。
自由党は、退位対応と同時に、女性宮家の創設など基本的な議論を深めるべきだとした。
日本維新の会は、皇室に係る諸課題を議論する場を国会にも設けるべきだと主張した。
沖縄の風は、退位制度については皇室典範改正によるべきだとし、同時に、女性・女系天皇の容認や女性宮家の制度創設に向けた議論をすべきだとした。
無所属クラブは、女性宮家に加えて、旧宮家の皇籍復帰も明記し、双方の議論を含めて速やかに検討を進めるべきだとした。
日本のこころは、女性宮家の創設等という表現に反対し、安定的皇位継承を確保するための女性宮家創設等という記述の修正を求めた。
このように、各党派は、退位を可能にする制度設計だけでなく、退位後に残る皇位継承と皇族制度の課題を、それぞれの立場から提示していた。
3月13日前後の意見を見ると、この構図はいっそう明確になる。
自民党は、法案に盛り込む主要項目として、今上天皇の退位に係る事情、退位と皇嗣の即位、退位に伴い必要となる事項、皇室典範との関係を整理しつつ、退位問題への対応後、政府に対して安定的な皇位継承等の課題の検討を遅滞なく進めることを求めている。
民進党は、全体会議での各党共通認識として、退位を認めること、憲法上の疑義を避けることに加え、女性宮家創設も含めた皇位継承の安定性の確保についての議論を先送りせず進める必要があることを挙げた。
公明党は、特例法の内容と皇室典範附則との関係を整理したうえで、安定した天皇・皇室制度のあり方について、一義的に責任を有するのは内閣であり、女性宮家の創設等について内閣で検討を開始すべきだとした。
したがって、3月中旬の段階では、退位法案の枠組みを固める作業と並行して、安定的皇位継承や女性宮家等を退位法案の外に残る課題として位置づける認識が、相当程度共有されていたといえる。
主な党派意見を簡略に示すと、次のようになる。
| 党派 | 退位の法形式 | 残された課題への言及 |
|---|---|---|
| 自由民主党 | 今上天皇一代限りの対応が望ましい | 安定的皇位継承は別途慎重に検討 |
| 公明党 | 今上天皇一代限りの特例法が適切 | 女性宮家などは今後の検討課題 |
| 民進党 | 恒久的な皇室典範改正によるべき | 2005報告・2012論点整理を尊重、女性宮家・女性女系天皇等 |
| 日本共産党 | 皇室典範改正で対応すべき | 広く国民的議論、国会での十分な審議 |
| 日本維新の会 | 皇室典範に根拠を置く一代限りの特例法 | 皇室に係る諸課題を議論する場を国会に設置 |
| 自由党 | 皇室典範改正で対応すべき | 女性宮家創設など基本的議論 |
| 社会民主党 | 将来の全天皇を対象とする皇室典範改正 | 女性・女系天皇、女性宮家等 |
| 無所属クラブ | 恒久的な皇室典範改正を基本、特別措置なら典範附則に根拠 | 女性宮家と旧宮家皇籍復帰の双方 |
| 日本のこころ | 終身制を維持しつつ例外的譲位を特別措置法で実現 | 女性宮家創設等の文言に反対 |
| 沖縄の風 | 皇室典範改正で対応すべき | 女性・女系天皇、女性宮家制度創設 |
「議論のとりまとめ」へどう進んだのか
全体会議と各党派意見を経て、衆参正副議長は、2017年3月15日に「議論のとりまとめ」案を示し、3月17日に立法府の総意として政府へ提示した。
3月2日と3月3日の全体会議では、各党・各会派の意見を項目ごとに整理した資料をもとに議論が行われた。
3月8日には、これまでの意見を四者で整理した資料をもとに、さらに意見交換が行われた。
3月15日には、衆参正副議長による「議論のとりまとめ」が示された。
この「とりまとめ」は、立法府の主体的な取組の必要性、今上天皇のおことば、退位・皇位継承の安定性に関する共通認識、皇室典範の改正の必要性、特例法の概要などを整理したものであった。
3月17日の全体会議では、各党・各会派が「とりまとめ」に対する対応を表明した。
自由民主党、公明党、民進党などは、最終的に「とりまとめ」を了承した。
他方で、共産党、自由党、社民党、無所属クラブ、日本のこころなどは、それぞれ留保、修正意見、今後の議論への要望を示した。
その後、「とりまとめ」は内閣総理大臣に手交され、政府における退位特例法案の立案作業へ進んだ。
附帯決議へつながる論点は、どこに現れたのか
附帯決議へつながる論点は、「議論のとりまとめ」の中にある安定的皇位継承の検討要請と、各党派が示した女性宮家等をめぐる意見の中に現れている。
「議論のとりまとめ」は、今上天皇の退位を可能にする立法措置を講ずることを共通認識とした。
同時に、象徴天皇の在り方を今後とも堅持していく上で、安定的な皇位継承が必要であり、政府においてそのための方策を速やかに検討すべきであるとも整理した。
ここが、後の附帯決議へつながる重要な部分である。
さらに、3月13日前後の各党派意見では、退位を実現する法案に盛り込む事項が具体化される一方で、安定的皇位継承、女性宮家、国会での継続議論、内閣による検討開始といった論点が、退位法案の外に残る課題として整理されていった。
また、各党派の意見には、女性宮家、女性・女系天皇、旧宮家、国会における継続議論など、退位特例法そのものには収まりきらない課題が含まれていた。
これらの課題は、退位特例法の本文に直接盛り込まれるのではなく、退位特例法案に対する附帯決議の中で、政府に検討を求める形へとつながっていく。
その意味で、2017退位立法府対応は、退位の実現と、残された皇位継承課題の切り分けを行った過程だった。
5月10日の全体会議では、何が確認されたのか
2017年5月10日の全体会議では、政府が作成した退位特例法案要綱が、3月17日の「議論のとりまとめ」に沿うものとして確認された。
3月17日に「議論のとりまとめ」が政府に提示された後、政府は法律案の立案作業に入った。
4月26日には法律案の骨子が示され、衆参正副議長は、その骨子が「とりまとめ」に沿ったものと判断した。
5月10日の全体会議では、内閣官房長官と内閣総務官から、天皇の退位等に関する皇室典範特例法案の要綱について説明が行われた。
政府側は、取りまとめを厳粛に受けとめ、その内容を忠実に反映させながら法律案の立案作業を行っていると説明した。
また、法案要綱には、天皇の退位、皇嗣の即位、上皇、上皇后、皇位継承後の皇嗣、皇室典範附則の改正などが盛り込まれた。
これにより、立法府の総意形成は、政府の法案要綱へと具体化された。
まとめるとどうなるか
2017退位立法府対応は、2016年8月8日の明仁天皇のメッセージを受け、今上天皇の退位について、立法府として国民の総意を見付け出そうとした過程である。
この対応は、政府有識者会議の論点整理を受けつつ、衆参両院の正副議長の下で、各党・各会派の意見を聴取して進められた。
そこで大きな争点になったのは、退位をどのような法形式で実現するかであった。
最終的には、皇室典範附則に特例法との関係を示す規定を置き、具体的な退位は特例法で定める形へ収れんした。
一方で、安定的皇位継承、女性宮家、女性・女系天皇、旧宮家などの課題は、退位を実現するための法案とは別の課題として扱われ、附帯決議を通じて政府に検討を求める形へ移されていった。
2017退位立法府対応は、退位を実現する制度過程であると同時に、現在まで続く皇族数確保・皇位継承論議の入口でもあった。