2005有識者会議の第4回では、何が話し合われたのか

2005有識者会議の第4回では、皇族制度、皇室経済制度、諸外国の王位継承制度を確認し、皇位継承ルールを制度論として整理する準備が進められました

2005年4月25日、皇室典範に関する有識者会議の第4回会議が開かれました。

第4回では、資料1「皇族制度」、資料2「皇室経済制度」、資料3「諸外国における王位継承制度の例」が事務局から説明されました。

この回の中心は、皇位継承制度そのものだけでなく、その周辺にある制度を確認することでした。皇族の範囲、養子、皇籍離脱、皇室経済制度、諸外国の王位継承制度を確認したうえで、次回以降、皇位継承ルールの典型例や憲法上・制度上の論点を整理する方向が示されました。

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第4回では、何が議論の焦点になったのか

第4回では、皇族制度、皇室経済制度、外国制度を確認し、皇位継承を支える周辺制度をどう理解するかが焦点になりました。

第1回から第3回までで、現行制度、新旧皇室典範制定時の考え方、皇位継承の歴史、女性天皇の先例が確認されました。

第4回では、そのうえで、皇族制度、皇室経済制度、諸外国の王位継承制度が扱われました。

これは、皇位継承だけを切り出して議論するのではなく、皇族の範囲、皇族の身分の取得・喪失、養子、皇籍離脱、皇族費、外国制度との比較などを含めて、制度全体を見るための回だったといえます。

皇族制度について、何が確認されたのか

皇族制度については、皇族の範囲が、皇位継承資格者の確保や経済的負担などの事情と関わって形成されてきたことが確認されました。

第4回の総括では、皇族の範囲は、皇位継承資格者を確保するという要請や、経済的な負担などの事情から実態が形成されてきたと整理されました。

律令では、皇族の範囲を4世までに限定し、天皇の子および兄弟姉妹を親王・内親王と明文で定めていました。しかし実際の運用では、天皇の意思に基づく親王宣下や、賜姓による臣籍降下によって、律令の規定とは異なる実態がありました。

また、世襲親王家では、代々親王宣下を受けた当主が宮家を世襲したため、律令の4世の枠を超えて皇族の身分が継承されました。これは、皇位継承資格者を代々にわたって確保しておく仕組みにもなったと考えられます。

養子について、何が論点になったのか

養子については、江戸時代以前の養子の性格と、旧皇室典範・現行皇室典範で養子が禁止された趣旨が確認されました。

第4回では、江戸時代以前に行われていた養子とは何か、どのような趣旨で行われていたのかが質問されました。

これに対して、事務局からは、この場合の養子とは、いわゆる婿入りではなく、親子関係、直系を擬制するため、また、世襲親王家を継承するための養子が中心であったと説明されました。

また、旧皇室典範と現行皇室典範で養子が禁止されている趣旨についても質問がありました。事務局からは、旧皇室典範制定時に養子が禁止された理由として、養子制度により皇位継承順位をめぐって複雑な問題が生じることが考えられ、「宗系紊乱の門を塞ぐ」と説明されていたことが示されました。

背景としては、永世皇族制となったことで、世襲親王家を継承するために養子をする必要がなくなったことなども考えられるとされました。

皇籍離脱と皇族の身分について、何が確認されたのか

皇族の身分については、出生を原則としつつ、臣籍降下、皇籍復帰、婚姻、非嫡出子などが論点として整理されました。

第4回では、皇族の身分の取得は、天皇・皇族からの出生が原則であると整理されました。

例外としては、皇族であった者がいったん臣籍降下をした後、皇籍に復帰し、即位した宇多天皇の例が挙げられました。ただし、宇多天皇は光孝天皇の皇子であり、臣籍にあった期間も3年間という特殊な事例とされました。

また、醍醐天皇は、宇多天皇が臣籍にあった間に生まれましたが、宇多天皇の即位後に親王宣下を受けて即位したもので、これも父の即位に伴う特殊な事例とされました。

皇族でない女子が皇族と婚姻した場合に皇族となることも、出生原則の例外として扱われました。ただし、明治以降、皇族男子の婚姻相手は皇族または特定の華族女子に限られていましたが、現行皇室典範ではそのような制限はなくなっています。

また、非嫡出子については、旧皇室典範の時代までは皇族とされていましたが、現行皇室典範では皇族とされなくなりました。皇族の身分の喪失については、賜姓による臣籍降下、婚姻による皇族女子の皇籍離脱など、多様な形があると整理されました。

皇室経済制度について、何が確認されたのか

皇室経済制度については、内廷費、皇族費、宮廷費の区分と、皇族費が皇族の構成などに応じて増減する仕組みが確認されました。

第4回では、皇室経済制度も扱われました。

総括では、内廷費は法律により定額が定められていること、皇族費は各皇族ごとに、法律が定める定額を基礎として算定されることが確認されました。

また、皇族費は、仕組みとしては皇族の構成などにより増減し、支出される額は、性別や世数、つまり親王か王かによって区別があると整理されました。

近年、内廷費と皇族費の予算額に大きな変化はないことも確認されています。

外国制度との比較では、何が論点になったのか

外国制度については、単純な比較はできないとしつつ、諸外国の王位継承制度には男子優先、長子優先、男系男子のみなどの型があることが確認されました。

第4回では、諸外国の王位継承制度も説明されました。

意見交換では、ヨーロッパの王室は、かつて王族間の政略結婚により大帝国を築くなど、日本の皇室とは異なる歴史を持っており、その違いを十分に踏まえることが重要であるという意見が示されました。

また、外国王室の場合、男女平等という背景のほかに、少子化という傾向もあるのではないかという意見も出されました。

総括では、歴史や背景が異なり単純な比較はできないが、諸外国の王位継承制度には、男子優先の国、長子優先の国、男系男子のみの国など、さまざまな制度があると整理されました。

さらに、ヨーロッパの王制の国は、いずれも女子に王位継承権を認めており、特に男女平等などの社会の動きを背景に、1980年代以降、長子優先に改正した国が多いとされました。

男女平等と皇位継承について、どのような意見が出たのか

第4回では、男女平等を根拠として日本の制度を直ちに変えるべきではないという意見と、国民の支持が重要であるという意見が示されました。

意見交換では、ヨーロッパでは男女平等などの理由から長子優先に改正している国が多いが、日本の皇室の場合、男系で続いてきたことは歴史的事実であり、現代の男女平等という概念を根拠として制度を変えるべきではないという意見が出されました。

また、憲法の男女平等を天皇の制度に当てはめる議論は無理であり、すべきではないという意見も示されました。

一方で、男女平等の考え方と全く無関係ということではなく、国民の支持が重要であるという意味では関係も出てくる、という意見もありました。

さらに、国民に理解を深めてもらい、支持してもらうことが重要であり、そのためには、会議としてただ結論を出すのではなく、なぜそのように考えたのかをきちんと示すことが大事であるという意見も出されました。

第4回までで、何が終わり、次に何をすることになったのか

第4回までで、歴史等の事実に基づく共通認識を得る作業は一通り終わり、次回は皇位継承ルールの典型例や憲法上・制度上の論点を整理する方向が示されました。

第4回の今後の進め方では、本日までに、歴史等の事実に基づき共通認識を得る作業は一通り終了したとされました。

そのうえで、皇位継承のルールには典型的にどのような例があり得るのかを、女性天皇を前提とするのではなく、理論上の問題として整理しておくと、外部の専門家から意見を聞く際の理解も的確になるのではないかという意見が出されました。

また、典型例を見ていくことで、それぞれの特徴や性格も見えてくるため、憲法上の要請としてどのような点があるか、制度論としてどのような点があるかを、次回整理してはどうかとされました。

さらに、憲法第1条の「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である」という規定について、象徴とは何を象徴しているのかを考えることで、何を継承するのかということにもつながるのではないか、という意見も示されました。

外部ヒアリングは、どう進めることになったのか

第4回では、皇室制度に関心のある専門家など8人程度を招き、第6回・第7回で意見を聞く方向が確認されました。

第4回では、外部の方を招いて意見を聞く件についても話し合われました。

皇室制度に関心のある専門家、制度について専門的な意見を持つ人など、8人程度を2回に分けて招き、意見を聞くことになりました。

実施にあたっては、先方の了解が得られれば記者の傍聴を認めることとし、第6回、第7回を念頭に調整することになりました。

次回、第5回は、5月11日に開催されることも確認されました。

第4回会議は、後の議論にとってどのような意味を持つのか

第4回会議は、皇位継承を、皇族制度、皇室経済制度、外国制度、国民の支持を含めて考えるための整理回でした。

第4回では、皇族制度、皇室経済制度、諸外国の王位継承制度が確認されました。

皇族の範囲や皇籍離脱、養子、非嫡出子、皇族費などは、皇位継承制度そのものではありません。しかし、それらは皇位継承資格者の範囲、皇族数、皇室活動の担い手、制度の安定性に関わっています。

また、外国制度との比較から、王位継承制度には複数の型があり得ることも確認されました。ただし、日本の皇室とは歴史や背景が異なるため、単純な比較はできないことも強調されました。

その意味で、第4回会議は、皇位継承制度を単独で考えるのではなく、皇族制度、経済制度、外国制度、国民の理解と支持を含めて考えるための土台を整えた回だったといえます。

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