憲法1条・2条について、政府はどう説明してきたのか

政府は、憲法1条の「象徴」と「国民の総意」、憲法2条の「世襲」について、天皇の地位と皇位継承を結びつけて説明してきました

日本国憲法第1条は、天皇が日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であること、その地位が主権の存する日本国民の総意に基づくことを定めています。第2条は、皇位が世襲のものであり、国会の議決した皇室典範の定めるところにより継承されることを定めています。

その二つの条文について、政府が「象徴」「世襲」「国民の総意」をどう説明してきたかを整理します。ここでは、個別の国会答弁を一つずつ読むのではなく、政府説明がどのような筋で積み重ねられているかを見ます。

この記事は、2005年の皇室典範に関する有識者会議第5回の資料「日本国憲法第1条・第2条に関連する政府の説明」をもとに整理します。

「象徴」は、どう説明されてきたのか

政府は、「象徴」について、天皇の存在を通じて、日本国と日本国民統合の姿を見いだすものとして説明してきました。

憲法制定時、金森徳次郎国務大臣は、天皇は国民の憧れの中心であり、心の奥深くに根を張るつながりの中心であると説明しました。そして、天皇を見るとき、そこに国家を見、国民統合の姿を見るという趣旨を述べています。

昭和48年には、田中角榮内閣総理大臣が、憲法第1条の「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるとの規定は、天皇の存在を通じて、日本国と日本国民統合の姿を見ることができるという日本国民の総意を表したものだと説明しました。

同じく昭和48年、吉國一郎内閣法制局長官は、天皇が日本国の姿と、天皇を中心に統合された日本国民全体の姿を御一身に表しているという趣旨を説明しています。

また、平成4年には、宮尾盤宮内庁次長が、天皇は象徴としての立場から、憲法で定める国事行為を行い、国際親善を含むさまざまな儀式・行事に臨席していると説明しました。ここでは、象徴という地位が、国民とのつながりや公的活動のあり方とも結びつけて説明されています。

「国民の総意」は、どう説明されてきたのか

政府は、「国民の総意」について、個々の国民一人一人の意思ではなく、総体としての国民の意思として説明してきました。

憲法制定時、金森徳次郎国務大臣は、第1条の「国民の総意に基く」とは、天皇の地位が、憲法上、国民の総意を根拠として定められるという意味だと説明しました。

また、「日本国民」について、現在の瞬間に生きている日本国民だけではなく、同一性を認識し得る過去および将来の人をも併せ考える考え方であると述べています。

さらに、金森国務大臣は、日本国民の総意とは、過去・現在・未来の区別なく一つの総意があるという趣旨でも説明しています。

昭和54年には、真田秀夫内閣法制局長官が、国民の総意とは、具体的な国民一人一人の意思という意味ではなく、総体としての国民の意思であり、特定の人がその中に入っているかどうかを問題にしている条文ではないと説明しました。

つまり、政府説明における「国民の総意」は、個別具体的な国民投票のような意味ではなく、憲法上、天皇の地位を基礎づける総体としての国民意思として語られています。

「世襲」は、どう説明されてきたのか

政府は、「世襲」について、血統によって皇位が代々継承されることを示すものとして説明してきました。

憲法制定時、金森徳次郎国務大臣は、天皇とは、血統のつながりの中にいる人としての天皇を念頭に置いて説明していると述べました。

また、憲法第2条の「世襲」について、旧憲法の「万世一系」と本質的に異なるところはないが、「万世一系」という比喩的な文言を、現実世界の素朴な言葉に表したものだと説明しました。

昭和54年には、山本悟宮内庁次長が、旧憲法の「万世一系」について、世襲により代々続いていくこと、血統によって続いていくことが「一系」によって表されていると説明しました。

同じく昭和54年、真田秀夫内閣法制局長官は、「万世一系」は皇位の世襲が永遠に行われるべきものという思想を示すものだと説明しつつ、現行憲法では主権在民であるため、旧憲法のような感覚を与える言葉は意識的に避けたのではないかと述べています。

憲法2条は、男系男子限定を直接定めているのか

政府説明では、憲法2条は男系男子限定を直接書いていない一方で、男系男子制度を許容するものと説明されています。

憲法制定時、憲法第2条の草案から「皇男子孫」という文言が省かれた理由について、金森徳次郎国務大臣は、憲法の建前としては、男女の区別に関する問題は法律問題として自由に考えてよい立場に置かれると説明しました。

また、貴族院で金森国務大臣は、男系男子ということは第2条には限定していない、時代ごとの研究に応じて部分的に異なり得る余地がある、という趣旨を述べています。

一方で、平成2年、工藤敦夫内閣法制局長官は、憲法第2条は、皇統に属する男系の男子が皇位を継承するという伝統を背景として制定されたものであり、皇位継承者を男系の男子に限る制度を許容していると説明しました。

したがって、政府説明は、憲法2条が男系男子限定を直接書いているという説明ではありません。むしろ、憲法2条は「世襲」を定め、具体的な皇位継承の内容は皇室典範に委ねる一方で、男系男子限定の制度も憲法上許容される、という説明になっています。

女性天皇には、憲法改正が必要なのか

政府は、女性天皇を可能にするために憲法改正は必要ないと説明してきました。

昭和41年、関道雄内閣法制局第一部長は、憲法が絶対的に女子が天皇になることを禁じているわけではないと説明しました。

昭和21年の皇室典範審議でも、金森徳次郎国務大臣は、女性の皇位継承を可能にするには研究が必要であり、現段階では原案の程度よりほかに適当なものを見出さなかった、という趣旨を述べています。また、十分な研究をして正しい結論が出れば、それに従うべきであるとも説明しました。

平成13年には、福田康夫内閣官房長官が、憲法第2条は皇位が世襲であることのみを定め、それ以外の皇位継承に関わる事柄は法律である皇室典範に譲っているとし、女性の天皇を可能にするために憲法を改正する必要はないと説明しました。

ここからは、女性天皇を可能にするかどうかは、憲法改正の問題ではなく、皇室典範をどう定めるかの問題として政府が説明してきたことが分かります。

男系男子限定と男女平等は、どう説明されてきたのか

政府は、男系男子限定について、男女平等原則との関係で直ちに違憲とはせず、憲法2条の世襲との関係で特別に説明してきました。

昭和43年、田中龍夫総理府総務長官は、憲法第14条が平等原則を打ち立てている一方で、憲法第2条は皇位の世襲を定めていると説明しました。そして、皇位の世襲については、皇胤を重んじ、男系男子が皇位を継ぐのがわが国の伝統の考え方であると述べています。

この説明では、男系男子限定を一般国民の男女平等の問題と同じようには扱っていません。皇位継承は、憲法第2条が特に「世襲」として定めた制度であり、その具体的内容は皇室典範に委ねられているものとして説明されています。

ただし、同じ昭和43年の答弁では、将来、皇族に男子がいない場合には、皇室の伝統と国民感情を考慮して検討すればよい、という趣旨も示されています。

この資料は、何を考える入口になるのか

この資料は、皇位継承制度を、憲法上の「象徴」「国民の総意」「世襲」との関係から考える入口になります。

第1条の「象徴」は、天皇の存在を通じて日本国と日本国民統合の姿を見いだすものとして説明されてきました。

第1条の「国民の総意」は、個別具体的な国民一人一人の意思ではなく、総体としての国民の意思として説明されてきました。

第2条の「世襲」は、血統による皇位継承を示すものとして説明されてきました。しかし、憲法第2条自体は男系男子限定を直接書いているわけではなく、具体的な皇位継承の内容は皇室典範に委ねられています。

そのため、女性天皇を可能にするには憲法改正が必要なのか、男系男子限定は憲法上許されるのか、国民の総意や国民感情をどのように考えるのかが、政府説明の中で繰り返し問題になってきました。

この資料からは、皇位継承制度を考えるときに、単に皇室典範第1条だけを見るのではなく、憲法第1条・第2条の説明、政府の答弁、国民の総意や伝統の位置づけをあわせて見る必要がある、ということが読み取れます。

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