現行皇室典範は、日本国憲法に基づく法律として制定されましたが、皇位継承資格を男系男子に限ることなど、旧皇室典範の主要な仕組みを多く引き継いでいます
現行皇室典範と旧皇室典範は、どちらも皇位継承と皇族制度を定める重要な法です。しかし、その位置づけは大きく異なります。旧皇室典範は帝国憲法と並ぶ皇室法体系の根本法でしたが、現行皇室典範は日本国憲法に基づく法律として制定されました。
この記事は、2005年の皇室典範に関する有識者会議第2回の資料「現行の皇室典範制定時の考え方」「旧皇室典範制定時の考え方」などをもとに、現行皇室典範と旧皇室典範の共通点と相違点を整理します。
まず、法としての位置づけが違う
旧皇室典範は帝国憲法と並ぶものとされ、現行皇室典範は日本国憲法に基づく法律として制定されました。
旧皇室典範は、帝国憲法と並ぶものとされ、制定や改正に帝国議会は関与しませんでした。旧憲法時代には、憲法を根拠とする国務法と、皇室典範を根拠とする宮務法という二つの法体系があると整理されていました。
これに対して、現行皇室典範は、日本国憲法に基づく法律です。日本国憲法第2条は、皇位は世襲のものであり、国会の議決した皇室典範の定めるところにより継承すると定めています。
つまり、旧皇室典範と現行皇室典範は、どちらも皇位継承を定める法ですが、法体系の中での位置づけは根本的に違います。
皇位継承資格は、どちらも男系男子に限っている
旧皇室典範も現行皇室典範も、皇位継承資格を男系男子に限っています。
旧皇室典範第1条は、皇位は「祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子」が継承すると定めました。
現行皇室典範第1条も、皇位は「皇統に属する男系の男子」が継承すると定めています。
この点では、現行皇室典範は旧皇室典範の仕組みを引き継いでいます。皇位継承資格を男系男子に限るという制度は、旧典範から現行典範へと継承された中心的な要素です。
継承順位の基本も引き継がれている
皇位継承順位についても、直系優先・長系優先・近親優先という基本的な考え方が引き継がれています。
現行皇室典範は、皇位継承順位について、直系優先、長系優先、近親優先という考え方を採っています。
これは旧皇室典範の継承順位の考え方を引き継いだものです。旧皇室典範も、皇長子、皇長孫、皇次子およびその子孫、皇兄弟およびその子孫、皇伯叔父およびその子孫というように、直系・長系・近親を優先する構造を定めていました。
したがって、皇位継承の「順番の作り方」についても、現行典範は旧典範を大きく踏襲しています。
養子禁止、皇族女子の婚姻離脱、復籍不可も引き継がれている
現行皇室典範は、養子禁止、皇族女子の婚姻離脱、皇籍離脱者の復籍不可についても、旧皇室典範の考え方を引き継いでいます。
現行皇室典範は、天皇および皇族は養子をすることができないと定めています。この点は、旧皇室典範にも同様の規定がありました。
また、皇族女子が天皇・皇族以外の者と婚姻したときは皇族の身分を離れるという仕組みも、旧皇室典範の考え方を引き継いでいます。
さらに、皇族で皇籍を離脱した者は皇族に復することはない、という考え方も示されています。これは、皇族の範囲をどこまで広げるか、皇籍離脱後に戻る道を認めるかという問題に関わります。
これらの仕組みは、現在の皇族数確保問題を考えるときにも重要です。皇族数が減る背景には、男系男子限定だけでなく、養子禁止、皇族女子の婚姻離脱、復籍不可という制度も関わっているからです。
現行皇室典範では、非嫡出子を皇族としない
旧皇室典範と異なり、現行皇室典範は非嫡出子を皇族としない仕組みを採りました。
旧皇室典範では、非嫡出の皇子孫も一定の場合に皇族となり、皇位継承資格を持つ仕組みがありました。
これに対して、現行皇室典範では、皇族の範囲は嫡出の子に限られ、非嫡出子は皇族とされないことになりました。
この違いは、戦後の現行皇室典範が、旧皇室典範をそのまま引き写したわけではなく、皇族の範囲を改めて整理し直したことを示しています。
親王・内親王の範囲も狭くなった
旧皇室典範では4世までが親王・内親王でしたが、現行皇室典範では2世まで、つまり孫までが親王・内親王とされました。
旧皇室典範では、皇子から皇玄孫まで、つまり4世までを親王・内親王とし、5世以下を王・女王としていました。
これに対して、現行皇室典範では、親王・内親王の範囲を2世まで、つまり孫までとし、3世以下を王・女王としました。
この点も、現行皇室典範が旧皇室典範と異なる整理を行った部分です。皇族の身分や称号の範囲は、戦後の制度として狭められました。
女性天皇をめぐる議論は、どちらの制定時にも存在した
旧皇室典範制定時にも、現行皇室典範制定時にも、女性の皇位継承を可能にすべきだという議論がありました。
旧皇室典範制定時には、女性天皇や女系継承を可能にする案や議論が存在していました。明治期の各種案には、女性の皇位継承を可能とするものや、女統による皇位継承を認めるものもありました。
現行皇室典範制定時にも、女性の皇位継承を可能にすべきだという議論がありました。歴史上の女性天皇の例、文化国家・平和国家の象徴としての適性、日本国憲法の精神や男女平等原則などが、その理由として挙げられていました。
したがって、旧典範でも現行典範でも、男系男子限定が採用された一方で、女性天皇を可能にすべきだという議論は存在していました。制度は、複数の選択肢や議論を経たうえで、男系男子限定を採用したものだったと見る必要があります。
男系男子限定の理由は、時代によって少し違う
旧皇室典範制定時の理由には、男性尊重の社会慣習や天皇の政治的権能との関係が強く出ていましたが、現行皇室典範制定時には、男系継承の歴史や国民意識、女性天皇を認めた場合の制度設計の難しさが強調されました。
旧皇室典範制定時には、男性尊重の国民感情や社会慣習、女性天皇に配偶者がある場合の尊厳の問題、女性天皇の配偶者が政治に干渉するおそれなどが理由として挙げられていました。これは、旧憲法下で天皇が統治権を総攬する存在とされていたこととも関係します。
これに対して、現行皇室典範制定時には、過去の事例を見る限り男系で皇位継承が行われてきたこと、それが国民の意識に沿うと考えられたこと、女性天皇を認めた場合に皇位継承順位や皇族の範囲などについて困難な問題があること、当時は男性の皇位継承資格者が十分に存在していたことなどが理由として示されました。
つまり、どちらも男系男子限定を採りましたが、その説明の背景には、それぞれの時代の社会観、憲法秩序、制度上の前提が反映されています。
まとめるとどうなるか
現行皇室典範は、日本国憲法に基づく法律として制定されましたが、皇位継承資格を男系男子に限ることなど、旧皇室典範の主要な仕組みを多く引き継いでいます。
現行皇室典範は、日本国憲法に基づく法律として制定されました。その意味では、帝国憲法と並ぶ皇室法体系の根本法であった旧皇室典範とは、法体系上の位置づけが大きく異なります。
しかし、皇位継承資格を男系男子に限ること、継承順位の基本、養子禁止、皇族女子の婚姻離脱、復籍不可などは、旧皇室典範の考え方を多く引き継いでいます。
一方で、現行皇室典範は、非嫡出子を皇族とせず、親王・内親王の範囲を2世までに狭めるなど、旧皇室典範とは異なる整理も行いました。
また、旧皇室典範制定時にも、現行皇室典範制定時にも、女性の皇位継承を可能にすべきだという議論が存在していました。
この比較から見えてくるのは、現行皇室典範が「旧典範をそのまま残した制度」でも、「戦後にすべて新しく作り直した制度」でもないということです。旧典範を多く引き継ぎながら、戦後の憲法秩序のもとで一部を整理し直した制度だと考える必要があります。
このことを確認すると、現在の皇位継承制度は、単に「古くからの伝統がそのまま続いている」というだけではなく、明治期と戦後の制度設計を経て形づくられたものだと分かります。
