2005有識者会議の第2回では、何が話し合われたのか

2005有識者会議の第2回では、新旧皇室典範の制定時資料を手がかりに、皇位継承制度を支える血統・世襲・歴史・国民感情をどう考えるかが話し合われました

2005年2月18日、皇室典範に関する有識者会議の第2回会議が開かれました。

第2回では、天皇・皇族の活動と、新旧皇室典範制定時の考え方に関する資料が説明された後、皇位継承制度を支えるものは何かが議論されました。血統とは、生物学的なつながりだけを指すのか、それとも社会的に受け止められる世襲のあり方を含むのか。歴史はどこまでさかのぼって考えるべきか。国民感情や世の中の通念は、制度設計の中でどのように位置づけられるのか。

第2回は、こうした問いを通じて、皇位継承制度を、条文だけではなく、血統・世襲・歴史・国民感情から考える方向を示した回でした。

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第2回では、何が議論の焦点になったのか

第2回では、皇位継承制度を考えるときに、血統、世襲、歴史、国民感情をどう扱うかが焦点になりました。

第2回会議では、宮内庁から天皇・皇族の活動について説明があり、事務局から現行皇室典範制定時の考え方、旧皇室典範制定時の考え方などが説明されました。

そのうえで、質疑応答・意見交換では、新旧皇室典範の制定時の議論をどう読むか、血統をどう考えるか、憲法の「世襲」をどう理解するか、歴史をどこまでさかのぼって考えるか、国民感情や世の中の通念をどう位置づけるかが論点になりました。

つまり、第2回は、単に配布資料を確認した回ではありません。皇位継承制度を支える根拠をどう見るのかが、少しずつ立ち上がってきた回でした。

血統と世襲は、どう語られたのか

第2回では、皇位継承を考えるうえで、血のつながりや世襲の意味が重要な論点として語られました。

意見交換では、皇位継承の問題を考えるに当たって一番大事なのは、血のつながり、血統であるという意見が示されました。

また、憲法でいう世襲とは何かという点について、生物学的・科学的な意味だけではなく、社会的な意味での血のつながりではないか、という考え方も示されました。

ここで重要なのは、血統が単に生物学的な系譜としてだけ語られているわけではないことです。皇位継承における世襲は、制度上の血のつながりであると同時に、社会的にどう受け止められるかという問題でもある、と見られていました。

歴史と国民感情は、どう扱われたのか

第2回では、皇位継承制度を考えるために、歴史をどこまでさかのぼるか、国民感情をどう見るかも論点になりました。

歴史については、どこまでさかのぼって議論すべきかにはさまざまな考え方があり得る、という意見が示されました。

これに対して、事務局からは、天皇の制度が伝統に基づくものである以上、歴史をさかのぼって検討するための資料は、可能な範囲でできる限り用意したいとの説明がありました。

また、歴史をどう見るのか、世の中の通念や国民感情といった視点に立って、この会議で考慮すべき点は何かを議論していく必要があるのではないか、という意見も示されました。

この点は、第2回の重要なところです。皇位継承制度は、法文だけで完結するものではなく、歴史、伝統、国民感情、社会的な受け止め方と結びついているものとして考えられていました。

新旧皇室典範について、何が論点になったのか

新旧皇室典範については、直系継承、万世一系、皇族の範囲、皇籍離脱、法体系上の位置づけが論点になりました。

第2回では、現行皇室典範と旧皇室典範の制定時の議論について、現在の視点から見ると分かりづらい点もあるが、現在の議論と共通する部分もあり、参考になるという意見が示されました。

たとえば、なぜ兄弟継承ではなく直系継承が優先されているのか、万世一系とはどういう概念か、といった点が論点になりました。

また、旧皇室典範制定時の議論については、皇室典範義解が直系継承を祖先以来の常の法としている一方で、実際には歴史上兄弟継承が優位だった時期もあるなど、やや強引な面があるという意見も示されました。

皇族の範囲については、永世皇族制を採る一方で、皇族の規模を適正にするための皇籍離脱が可能とされていることも確認されました。直近の例として、昭和22年10月に11宮家51方が皇籍を離脱した事例も説明されました。

現行皇室典範制定時の変化は、どう見られたのか

現行皇室典範の制定過程については、天皇主権から国民主権への変化、法体系の変化、皇位継承規定の変化を踏まえる必要があると受け止められました。

第2回では、現行皇室典範の制定過程を見ると、大日本帝国憲法から日本国憲法への変動を十分に踏まえて審議されたという印象を強く持った、という意見が示されました。

その変化として、第一に、天皇主権から国民主権への変化が挙げられました。第二に、皇室典範の法体系上の位置づけの変化が挙げられました。大日本帝国憲法下では、憲法と皇室典範が同じ格で二元構造を成していたのに対し、日本国憲法では、憲法を頂点とする一元的な法体系となり、皇室典範は法律として位置づけられました。

第三に、皇位継承の在り方の変化が挙げられました。大日本帝国憲法では「皇男子孫之ヲ継承ス」と規定されていたのに対し、日本国憲法第2条では、単に「世襲」と規定されています。

この整理は、現行皇室典範が旧皇室典範を引き継ぎつつも、戦後の憲法秩序のもとで作られた制度であることを考えるうえで重要です。

天皇・皇族の活動から、何が確認されたのか

天皇・皇族の活動については、女性天皇と宮中祭祀、国事行為の臨時代行、「その他の行為」に対する内閣の責任が確認されました。

資料1に関する質疑では、歴史上の女性天皇が宮中祭祀を行っていたのかが問われました。これに対し、宮内庁からは、歴代の女性天皇は10代8方あり、7世紀の持統天皇以降の7代6方を見ると、新嘗祭・大嘗祭が中断されていた時期を除き、新嘗祭・大嘗祭を行っていたとの説明がありました。

また、平成15年は天皇が入院した年であり、活動にどのような影響があったのかも問われました。これに対して、皇太子が法令の署名等の国事行為を臨時代行したことや、本来は天皇皇后両陛下で行う活動を皇后だけで行った例があることが説明されました。

宮中祭祀の代行については、国事行為の臨時代行とは異なるものの、掌典職が御代拝という形で行うことがあると説明されました。

さらに、天皇の「その他の行為」について、内閣が責任を負うといっても限度があるのではないか、という質問も出されました。これに対して、宮内庁からは、天皇の行為である以上、内閣としては常に最終的な責任を持つが、その責任は国事行為等における内閣の責任とは意味合いないし程度が違うと説明されました。

第2回会議は、後の議論にとってどのような意味を持つのか

第2回会議は、皇位継承制度を、条文だけでなく、血統・世襲・歴史・国民感情から考える方向を示した回でした。

第2回では、制度の条文や資料の内容だけでなく、その制度を支える根拠や受け止め方が論点になりました。

血統とは何か。世襲とは何か。歴史をどこまでさかのぼるのか。国民感情や世の中の通念をどう考えるのか。これらは、後の男系・女系、女性天皇、皇族数確保をめぐる議論の前提になります。

また、天皇・皇族の活動について確認されたことは、皇族数の問題が、皇位継承資格者の問題だけでなく、皇室活動の担い手の問題にも関わることを考える入口になります。

つまり、第2回会議は、皇位継承制度を支える根拠と、皇室活動を支える担い手の問題を、ともに見えやすくした回だったといえます。

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